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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)234号 判決 1998年2月17日

大阪府大阪市住吉区我孫子3丁目7番21号

原告

株式会社津村総合研究所

代表者代表取締役

津村邦子

訴訟代理人弁理士

深見久郎

森田俊雄

森下八郎

清水敏

東京都港区南青山2丁目1番1号

被告

本田技研工業株式会社

代表者代表取締役

川本信彦

訴訟代理人弁理士

千葉剛宏

佐藤辰彦

砂子信夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第1995号事件について平成7年8月7日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告(審判被請求人)は、名称を「移動体の位置検知装置」とする特許第1687142号発明(以下、「本件発明」といい、本件発明の特許を「本件特許」という。)の特許権者である。なお、本件特許は、昭和57年5月27日に特許出願され、平成2年10月23日に出願公告(平成2年特許出願公告第48069号)された後、平成4年8月11日に特許権の設定登録がなされたものである。

被告(審判請求人)は、平成6年2月5日に本件特許を無効にすることについて審判を請求し、平成6年審判第1995号事件として審理された結果、平成7年8月7日、「特許第1687142号発明の特許を無効とする。」との審決がなされ、その謄本は同年8月28日原告に送達された。

2  出願公告された明細書(以下、「本件明細書」という。)記載の特許請求の範囲1(別紙図面A参照)

移動体から発生した光ビームを回動方向に走査することによって移動体の位置を検知する位置検知装置であって、

前記移動体とは離れた少なくとも3箇所に設置され、入射光方向に光を反射する3つの光反射手段、

前記移動体に設けられ、前記光ビームを発生する光ビーム発生手段、

前記移動体に設けられ、前記光ビームを回動方向に走査する光ビーム走査手段、

前記移動体に設けられ、前記光反射手段からの反射光を受光する受光手段、

前記受光手段の受光出力に基づいて、前記移動体から見た前記3つの光反射手段間の開き角を検出する開き角検出手段、および

予め前記3つの光反射手段の位置情報が設定され、その位置情報と前記開き角検出手段によって検出された開き角とに基づいて、前記移動体の位置を演算する位置演算手段を備える、移動体の位置検知装置

3  審決の理由の要点

(1)本件発明の要旨は、本件明細書の特許請求の範囲1に記載された前項のとおりと認める。

(2)これに対し、被告は、本件発明は、米国特許第4,225,226号明細書(1980年(昭和55年)9月30日発行。以下、「引用例1」という。別紙図面B参照)、昭和52年特許出願公告第37788号公報(以下、「引用例2」という。別紙図面C参照)及び昭和48年特許出願公開第87287号公報記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は同法123条1項の規定により無効とすべきである旨主張する。

(3)被告の特許無効審判請求に対し、原告は、本件明細書を、平成6年6月9日付け訂正請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正(以下、「本件訂正」という。)することについて審判を請求した。

訂正明細書の特許請求の範囲1の記載は、次のとおりである。

「移動体から発生した光ビームを回動方向に走査することによって移動体の位置を検知する位置検知装置であって、

前記移動体とは離れた、前記移動体に対して選ばれた非直線の少なくとも3箇所に設置され、入射光方向に光を反射する3つの光反射手段、

前記移動体に設けられ、前記光ビームを発生する光ビーム発生手段、

前記移動体に設けられ、前記光ビームを回動方向に走査する光ビーム走査手段、

前記移動体に設けられ、前記光反射手段からの反射光を受光する受光手段、

前記受光手段の受光出力に基づいて、前記移動体から見た前記3つの光反射手段間の開き角を検出する開き角検出手段、および

予め前記3つの光反射手段の位置情報が設定され、その位置情報と前記開き角検出手段によって検出された開き角とに基づいて、前記移動体の位置を演算する位置演算手段を備える、移動体の位置検知装置」

すなわち、本件訂正は、光反射手段の設置位置を、「移動体に対して選ばれた非直線の」少なくとも3箇所に限定したものである。

その後、原告は、平成7年3月20日付け手続補正書を提出し、訂正明細書を補正することにより、訂正請求書の請求の趣旨を補正した。

そこで、まず、上記請求の趣旨の補正が請求書の要旨を変更するものであるか否か検討する。

上記手続補正書による補正は、特許請求の範囲1における光反射手段の設置位置に関して、訂正明細書には記載されていない事項である「単一平面を規定する」要件を追加するものである。しかしながら、このような追加的変更は、訂正明細書の請求の趣旨の記載を変更することによって、変更の前後の間で請求の基礎である「申し立てている事項」の同一性を変更するものであるから、訂正請求書の要旨を変更するものである。してみれば、上記手続補正書による訂正請求書の補正は、その要旨を変更するものであり、採用することはできない。

したがって、以下、訂正請求書添付の訂正明細書について検討する。

(4)審判手続において平成7年1月9日付けで通知した訂正拒絶理由通知の概要は、別紙「訂正拒絶理由通知の概要」のとおりである。

(5)上記の訂正用拒絶理由に対し、原告は、平成7年3月20日付けの意見書において、主として、

<1> 引用例2の第1図に記載されている観察点7、8、9の非直線の設置は偶発的な開示であること

<2> 引用例1記載の発明においては直線上に反射器を設置することのみが認識されているが、直線上に配置された反射器からの情報のみでは、直線上の点を中心とする円上のどの位置でも同じ情報が得られることになり、移動体の位置を検知することはできないこと

<3> 引用例1記載の発明は「位置決定方法」ではなく、「存在場所、すなわち距離の決定方法」であることなどを挙げて、引用例1及び引用例2記載の発明と訂正後の本件発明との相違などについて種々述べている。

(6)本件訂正請求の適否

原告の上記意見を踏まえてさらに検討する。

訂正拒絶理由における相違点<1>について

複数の観測点の位置情報と観測手段からみた観測点間の開き角とに基づいて観測手段の座標位置を検知するものにおいて、複数の観測点は格別の事情のない場合には「非直線上」に設置されるのが通常のことであり慣用されているものと認められ、引用例2の第1図に記載されているような、観測点7、8、9の非直線の配置は被請求人の主張するように偶発的なものとはいえない。

そして、引用例1記載の発明においては、移動体である航空機を直線に飛行させる必要があるという事情から直線上に反射器を設置することとしていると認められるところ、この直線上に設置された反射器の位置情報と、移動体(観測手段)からみた反射器(観測点)間の開き角とに基づいて観測手段の座標位置を検知することが可能である。したがって、直線上に設置された反射器からの情報のみでは、その直線上の点を中心とする円上のどの位置でも同じ情報が得られることになり、移動体の位置を検知することはできないとする原告の主張は当を得ていない。

訂正拒絶理由における相違点<2>について

引用例1の3欄30行ないし34行には「それぞれの反射レーザビームの角度およびそれぞれの反射器間の距離を知れば、通常の三角法の式を適用して反射器および/または農地に対する航空機の位置を計算することができる。」と記載されており、引用例1記載の発明においては、特に移動体である航空機を直線に飛行させる必要があるという事情から、直線上に設置した反射器を結ぶ直線から移動体である航空機までの距離を演算により算出しているものである。そして、移動体などの位置決定において平面座標上のX軸およびY軸の座標を決定することは、引用例2においても平面座標上のX軸およびY軸の座標、すなわち位置、を決定しているように、常套的に行われていることであって、演算による算出を距離に換えて位置とすることは、必要とされれば同様な手法を用いて任意に求め得ることであるから、相違点<2>は、演算により算出するものを位置としたにすぎず、当業者が必要に応じて容易になし得た事項にすぎない。

したがって、原告が述べている意見はいずれも採用することができないから、訂正後の本件発明は、引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないので、本件訂正の請求は、同法134条5項の規定(平成6年法律第116号による改正前)によって準用される同法126条3項の規定に適合しないから、本件訂正の請求は前記訂正拒絶理由によって拒絶されるべきものである。

(7)本件発明と引用例記載の発明との対比

本件発明の要旨は前記のとおりの「移動体の位置検知装置」にあるものと認められ、一方、引用例1及び引用例2には別紙「訂正拒絶理由通知の概要」に示した事項が記載されている。

本件発明と引用例1記載の発明とを対比すると、両者は、「検出するものが、本件発明が「位置」であるのに対し、引用例1記載の発明は「存在場所、すなわち距離」である点」において一応相 し、その余の点では一致するものと認められる。

(8)引用例1の3欄3 行ないし34行には、前記のとおり、「それぞれの反射レーザビームの角度およびそれぞれの反射器間の距離を知れぼ、通常の三角法の式を適用して反射器および/または農地に対する航空機の位置を計算することができる。」と記載されており、引用例1記載の発明においては、特に移動体である航空機を直線に飛行させる必要があるという事情から、直線上に設置した反射器を結ぶ直線から航空機まで 距離を演算により算出しているものである。そして、移動体などの位置決定において平面座標上のX軸およびY軸の座標を決定することは、引用例2記載の発明においても平面座標上のX軸およびY軸の座標、すなわち位置、を決定しているように、常套的に行われていることであって、演算による算出を距離に換えて位置とすることは必要とされれば同様な手法を用いて任意に求め得ることであるから、前記相違点は、演算により算出するものを位置としたにすぎず、当業者が必要に応じて容易になし得た事項にすぎない。

(9)以上のとおりであるので、本件発明は、引用例1及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定に該当し、特許を受けることができない。

(10)したがって、本件特許は、特許法29条の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項の規定により、無効とすべきものである。

4  審決の取消事由

審決は、本件訂正の請求は不適法であると誤って判断した結果、本件明細書記載の特許請求の範囲1に基づいて本件発明の要旨を認定し、これと引用例記載の発明とを対比して本件発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

以下、本件訂正の請求に関する審決の認定判断が誤っている事由を述べる。

(1)相違点の看過

審決は、訂正後の本件発明と引用例1記載の発明とが位置演算手段に予め設定される情報において異なる点を、相違点として認定していない。

すなわち、引用例1記載の発明において演算手段に予め設定される情報は、「FIG.5を参照すると、マイクロプロセッサはそこに距離d1およびd2を記憶しており」(4欄11行、12行)との記載から明らかなように、「3つの反射器の相互の距離」であって、この距離と開き角とに基づいて、移動体から反射器相互を結ぶ直線までの距離を演算するものである。これに対し、訂正後の本件発明において演算手段に予め設定される情報は、「3つの光反射手段の位置情報」、すなわち、3つの光反射手段それぞれの座標位置(X、Y)であり、この座標位置情報と開き角検出手段で検出された開き角とに基づいて、移動体の座標位置を演算するものである。したがって、両者は、演算手段に予め設定される情報を異にしており、この相違点に係る構成の想到容易性の判断遺脱が、本件訂正の請求を不適法とした審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

(2)相違点<1>の判断の誤り

審決は、相違点<1>の判断において、「複数の観測点の位置情報(中略)に基づいて、観測手段の座標位置を検知するものにおいて」と説示している。上記説示は、訂正後の本件発明と引用例1記載の発明が上記の構成において同一であることを前提とするものであるが、引用例1記載の発明は、農地のような直線の辺を含む領域内において航空機を直線の辺との距離を徐々に変えながら往復させる制御を目的とし、そのような制御に必要な要件として反射器を直線に配し、航空機からの反射器の開き角度と反射器相互間の距離とから、航空機と反射器を結ぶ直線との間の距離を演算するようにしたものであって、「複数の観測点の位置情報」を利用するものではないし、「観測手段の座標位置」を検知するものでもないから、相違点<1>に係る審決の判断は前提において誤っているというべきである。

そして、審決は、「複数の観測点は格別の事情のない場合には「非直線上」に設置されるのが通常のことであり慣用されている」旨説示するが、引用例2のみを論拠として慣用の事実を認定することも誤りである。また、引用例1記載の発明が前記のとおり移動体を所定の直線に対し所定間隔で平行に誘導する技術であるのに対し、引用例2記載の発明は水上に固定して設けられる水上構造物、すなわち、静止体の座標位置を求める技術であるから、両者は技術分野を異にするものであって、引用例2に示された技術をもって、引用例1記載の発明が属する技術分野における慣用技術とはいえない。

そして、審決は、相違点<1>に係る訂正後の本件発明の構成は当業者が必要に応じて任意に採択し得た単なる設計的事項にすぎない旨の訂正拒絶理由を援用する趣旨と解される。しかしながら、引用例1記載の発明は、審決説示のとおり「航空機を直線に飛行させる必要があるという事情から直線上に反射器を設置することとしている」のであるから、引用例1の記載から、反射器を「非直線上」に設置するとの発想を得ることはあり得ないのであって、審決の上記判断は誤りである。

(3)相違点<2>の判断の誤り

審決は、「移動体などの位置決定において平面座標上のX軸およびY軸の座標を決定することは、(中略)常套的に行われていることであって、演算による算出を距離に換えて位置とすることは、必要とされれば(中略)任意に求め得ることである」旨判断している。

しかしながら、引用例1記載の発明は、可能な限り簡便な構成によって「航空機を直線に飛行させる」ために、航空機から、各反射器を結ぶ直線までの垂直距離(別紙図面BのFIG.5のD)を検知しているのであるから、引用例2記載の発明のような平面座標を用いて反射器それぞれの位置自体をデータとして設定する技術とは相容れないものである。したがって、引用例1の記載から、検知対象を「平面座標上のX軸およびY軸の座標、すなわち、位置」とするとの発想を得ることはあり得ず、審決の上記判断は誤りである。なお、訂正拒絶理由通知に記載されている「存在場所、すなわち距離」との表現は、全く別個の概念である「位置(座標位置)」と「距離」とを混同させかねないものであって、失当というべきである。

また、引用例2のみを論拠として、「移動体などの位置決定において平面座標上のX軸およびY軸の座標を決定すること」が常套的に行われている事実を認定するのも誤りである。

(4)以上のとおり、訂正後の本件発明は特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるから、本件訂正の請求は許されるべきである。そうすると、審決は、本件発明の要旨を誤って認定したことに帰するから、違法であり、取り消されるべきである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件明細書記載の特許請求の範囲1)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  相違点の認定について

原告は、引用例1記載の発明において演算手段に予め設定される情報が「3つの反射器の相互の距離」であるのに対し、訂正後の本件発明において演算手段に予め設定される情報は「3つの光反射手段の位置情報」、すなわち3つの光反射手段それぞれの座標位置である点において相違する旨主張する。

しかしながら、訂正後の本件発明の特許請求の範囲においては、「3つの光反射手段の位置情報」が座標位置である旨の限定はなされていない。のみならず、引用例1記載の発明において、3つの反射器を直線上に配置しているのは、単にどう並べるかの選択にすぎず、3つの反射器を結ぶ直線を例えばY軸にすれば、3つの反射器それぞれを「平面座標上のX軸及びY軸の座標、すなわち位置」で表すことができるから、本件発明と引用例1記載の発明とは、演算手段に予め設定される情報において実質的な差異はない。

2  相違点<1>の判断について

原告は、引用例1記載の発明は「航空機を直線に飛行させる必要があるという事情から直線上に反射器を設置することとしている」のであるから、引用例1の記載から、反射器を「非直線上」に設置するとの発想を得ることはあり得ない旨主張する。

しかしながら、複数の観測点の設置に当たって、各観測点を直線上に設置するか、非直線上に設置するかは、格別の事情がない限り単なる設計事項にすぎない。このことは、引用例1の「重要な点は、3つの反射器を相互に既知の位置に設置することだけである。」(5欄8行ないし10行)との記載からも明らかである。

また、原告は、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明は技術分野を異にする旨主張するが、両者は、計測点からレーザービームを旋回発射し3つの受光器を順次に走査して、受光器の出力に基づきレーザービームの旋回角度から計測点と3観測点とを結ぶ直線相互の角度により計測点の位置を検知する技術である点において共通するから、原告の上記主張は失当である。

3  相達点<2>の判断について

原告は、引用例1記載の発明は可能な限り簡便な構成によって「航空機を直線に飛行させる」ために、航空機から各反射器を結ぶ直線までの垂直距離を検知しているのであるから、引用例1の記載から、検知対象を「平面座標上のX軸およびY軸の座標、すなわち、位置」とするとの発想を得ることはあり得ない旨主張する。

しかしながら、航空機から各反射器を結ぶ直線までの垂直距離が検知されれば、航空機の位置は一義的に決定することができることは自明の事項である。現に、引用例1に「3つの反射器に対する航空機の位置が、3つの反射器を通って引かれた線とこれに垂直な線とに基づき、デカルト座標を用いて決定できる。」(1欄下から5行ないし1行)、「前記角度から、反射器に対する航空機の水平位置を連続的に計算する」(6欄のe項)と記載されていることが認められ、引用例1にも、必要ならば同記載の発明によって航空機の座標位置を演算し得ることが明らかにされているから、原告の上記主張は当たらない。

4  以上のとおり、訂正後の本件発明は特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないから、本件訂正の請求は不適法である。したがって、本件明細書記載の特許請求の範囲1に基づいて本件発明の要旨を認定した審決に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件明細書記載の特許請求の範囲1)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第3号証(特許出願公告公報)によれば、本件明細書には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本件発明は、移動体、例えば自動車、工場内の無人移動搬送装置あるいは飛行機等の位置を検知する装置に関するものである(2欄10行ないし12行)。

この種の装置としては、地上の複数箇所に電波の送信装置を設置し、移動体は電波を受信してその現在位置を演算するものがあるが、送信装置の設置に多額の費用を要し、同装置の頻繁な点検保守も必要であるうえ、電波法の規制を受けるなどの欠点がある(2欄13行ないし27行)。

本件発明の目的は、安価で点検保守の必要も少なく、電波法の規制を全く受けない位置検知装置を提供することである(2欄28行ないし3欄3行)。

(2)構成

上記の目的を達成するため、本件発明は、その要旨とする構成(特許請求の範囲1)を採用したものである(1欄2行ないし21行)。

(3)作用効果

本件発明によれば、光ビームを媒体として位置検知を行うので構成が簡単かつ安価であり、点検保守もほとんど不要であるうえ、電波法の規制を受けず、また、複数の移動体が同時に位置検知を行うことが可能である(10欄23行ないし28行)。

2  本件訂正の適否

(1)相違点の認定について

原告は、引用例1記載の発明において演算手段に予め設定される情報が「3つの反射器の相互の距離」であるのに対し、訂正後の本件発明において演算手段に予め設定される情報は「3つの光反射手段の位置情報」、すなわち3つの光反射手段それぞれの座標位置であって、審決は両者がこの点において相違することを看過した旨主張する。

この点について、被告は、訂正後の本件発明の特許請求の範囲における「3つの光反射手段の位置情報」は座標位置の情報に限定されていない旨主張するが、本件発明は「移動体の位置」を検知する装置を対象とするものであるところ、そこにいう「位置」が「座標位置」であることはいうまでもないから、これを演算するため装置に予め設定される「位置情報」は当然に「座標位置の情報」であると考えるべきであって、被告の上記主張は当たらない。

そこで原告の上記主張の当否を検討するに、訂正後の本件発明の位置演算手段に予め設定される3つの光反射手段の「位置情報」が3つの光反射手段それぞれの座標位置と考えるべきことは上記のとおりであり、本件発明は、それらの位置情報に基づいて移動体の座標位置を演算するものである。一方、成立に争いのない甲第5号証によれば、引用例1には、「マイクロプロセッサは、距離d1及びd2を記憶しており、角A1及びA2の数値を受け取る。(中略)三角法の関係式を用いれば、距離d1及びd2と角A1及びA2に基づいて、航空機と反射器がなす直線との間の距離Dが求められる。」(4欄11行ないし19行。別紙図面BのFIG.5参照)と記載されていることが認められる。このように、引用例1記載の発明の実施例においては、3つの反射器の間の距離d1及びd2を設定情報として距離Dを演算しているが、別紙図面BのFIG.5において距離d1及びd2と角A1及びA2が判明すれば、三角法の関係式を用いることによって、距離Dのみならず、3つの反射器に対する航空機の座標位置をも演算し得ることは技術的に自明の事項である。

したがって、訂正後の本件発明と引用例1記載の発明は、演算手段に予め設定される情報において有意の差異があるとはいえないから、この点を相違点としなかった審決の認定を誤りとすることはできない。

(2)相違点<1>の判断について

原告は、引用例1記載の発明は「航空機を直線に飛行させる必要があるという事情から直線上に反射器を設置することとしている」のであるから、引用例1の記載から、反射器を「非直線上」に設置するとの発想を得ることはあり得ない旨主張する。

しかしながら、引用例1記載の発明によっても、三角法の関係式を用いることによって、3つの反射器に対する航空機の座標位置を演算し得ることは前項記載のとおりである。そして、三角法の関係式を用いる場合、既知の3つの点(別紙図面AにおけるA点、B点、C点。別紙図面BのFIG.5における10a点、10b点、10c点)を任意の箇所に設置し得ることは三角法の理論上当然であって、3つの点を直線上に設置しなければならない理由、あるいは、それらを直線上に設置した方が有利であるとする理由は全く存しない。したがって、「複数の観測点の位置情報と観測手段からみた観測点間の開き角とに基づいて観測手段の座標位置を検知するものにおいて、複数の観測点は格別の事情のない場合には「非直線上」に設置されるのが通常のことであり慣用されている」とした審決の判断に誤りはない。

この点について、原告は、引用例1の記載から反射器を直線上に設置するとの発想を得ることはあり得ず、また、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明は技術分野を異にする旨主張するが、上記のとおり、三角法の関係式を用いる場合に既知の3つの点を任意の箇所に設置し得ることは、引用例1あるいは引用例2の記載によるまでもなく周知慣用の技術であるとするのが審決の趣旨であるから、原告の上記主張は当たらない。

(3)相違点<2>の判断について

原告は、引用例1記載の発明は可能な限り簡便な構成によって「航空機を直線に飛行させる」ために、航空機から各反射器を結ぶ直線までの垂直距離を検知しているのであるから、引用例1の記載から、検知対象を「平面座標上のX軸およびY軸の座標、すなわち、位置」とするとの発想を得ることはあり得ない旨主張する。

しかしながら、審決は、相違点<2>、すなわち、検出するものが、訂正後の本件発明では「位置」であるのに対して、引用例1記載の発明では「存在場所、すなわち距離」である点について、引用例2記載の発明を引用して、演算による算出を距離に換えて位置とすることは当業者にとって容易になし得た事項であると判断したものであるところ、成立に争いのない甲第6号証によれば、引用例2記載の発明は、水上構造物の位置決め方法に関するものであって、その第1図を参照すると、非直線上に設置した3つの観測点の位置情報と、計測点からみた観測点内の検出された開き角とに基づいて計測手段の座標位置を検出するものであるから、引用例2には、移動体である水上構造物の位置決定において、平面座標上のX軸及びY軸の座標を決定することが示されていると認められる。また、前掲甲第5号証によれば、引用例1には、「FIG.1に示されるように、航空機1は、反射器を通って引かれる線及びそれに垂直な線のような、2つの軸の任意に選択された交差点に対して、デカルト座標(X1 Y1)を有する点で、農地の下側端縁と交差する。航空機は、デカルト座標(X2 Y2)を有する点で、農地の上側端縁と交差する」(3欄65行ないし4欄2行)と記載されていることが認められるから、移動体等の位置決定において、平面座標上のX軸及びY軸の座標を決定することは、常套手段であるということができる。そして、引用例1記載の発明も引用例2記載の発明も、本件発明と同様に三角法を用いた発明であり、引用例1記載の発明は反射手段を非直線に配置することを禁ずるものでないこと、及び、複数の観測点を非直線上に配置することが周知慣用の手段であることは前述のとおりであるから、引用例1記載の発明において、検出するものを「存在場所、すなわち距離」に代えて「位置」とすることは、当業者にとって容易になし得た事項というべきである。

なお、原告は、「存在場所、すなわち距離」という表現は、全く別個の概念である「位置(座標位置)」と「距離」とを混同させかねないから失当である旨主張するが、審決は、引用例1記載の航空機の存在場所に関し、「航空機の存在場所(この存在場所は、移動体である航空機から後述する反射器を結ぶ直線までの距離を意味する)」とした訂正拒絶通知の定義に基づいて前記判断を示しているものであって、これを失当ということはできない。

したがって、相違点<2>に係る審決の判断にも誤りはない。

(4)以上のとおり、訂正後の本件発明は特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないから、本件訂正の請求は不適法である。したがって、本件明細書記載の特許請求の範囲1に基づいて本件発明の要旨を認定した審決は正当であって、審決には原告主張のような誤りは存しない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する(平成10年2月3日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)

別紙図面A

V…移動体 A、B、C…光反射手段

<省略>

別紙図面B

<省略>

別紙図面B

<省略>

別紙図面C

1…水上構造部 2…計測点 7、8、9…観測点

<省略>

(本件の訂正請求の内容)

本件の訂正請求の要旨は、特許第1687142号の特許明細書を訂正請求書に添付した訂正明細書の通りに訂正しようとすることである。

上記訂正明細書の特許請求の範囲の欄の記載は次の通りである。

「1 移動体から発生した光ビームを回動方向に走査することによって移動体の位置を検知する位置検知装置であって、

前記移動体とは離れた、前記移動体に対して選ばれた非直線の少なくとも3箇所に設置され、入射光方向に光を反射する3つの光反射手段、

前記移動体に設けられ、前記光ビームを発生する光ビーム発生手段、

前記移動体に設けられ、前記光ビームを回動方向に走査する光ビーム走査手段、

前記移動体に設けられ、前記光反射手段からの反射光を受光する受光手段、

前記受光手段の受光出力に基づいて、前記移動体から見た前記3つの光反射手段間の開き角を検出する開き角検出手段、および

予め前記3つの光反射手段の位置情報が設定され、その位置情報と前記開き角検出手段によって検出された開き角とに基づいて、前記移動体の位置を演算する位置演算手段を備える、移動体の位置検知装置。

2 さらに、前記3つの光反射手段の位置情報と前記開き角検出手段によって検出された開き角とに基づいて、前記移動体の移動方向を演算する手段を含む、特許請求の範囲第1項記載の移動体の位置検知装置。

3 前記3つの光反射手段は固定物体に設置され、前記位置演算手段は予め決められた固定位置からの絶対位置を演算する、特許請求の範囲第1項または第2項記載の移動体の位置検知装置。

4 前記3つの光反射手段は前記移動体とは異なる他の移動体に設置され、前記位置演算手段は前記他の移動体との相対位置を演算する、特許請求の範囲第1項または第2項記載の移動体の位置検知装置。」

上記特許明細書の特許請求の範囲についての上記訂正は、光反射手段の設置位置を、「前記移動体に対して選ばれた非直線の」少なくとも3箇所、とする点を、上記特許明細書の特許請求の範囲の第1項の記載に付加するものである。そして、被請求人は、訂正請求書において、この訂正は同第1項の請求範囲を減縮するものであり、かつこの訂正事項は特許明細書に記載されている範囲のもので実質的に同項の特許請求の範囲を変更または拡張するものでなく、またこの訂正による訂正後の同項の発明は特許出願の際に独立して特許を受けることができるものである旨述べている。

(引用例)

一方、本件特許無効審判事件において請求人より、甲第1号証として提出された本件特許の出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物である米国特許第4225226号明細書には、次のことが記載されている。すなわち、

甲第1号証は、農作物散布航空機のレーザ案内装置であって農作物散布航空機の存在場所検知について記載されており、その存在場所検知について本件特許の訂正後の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下、訂正後の本件発明という)と対応させると、

移動体である航空機1に設けたレーザビーム送信/受信装置2から発生したレーザビームを回動方向に走査することによって航空機の存在場所(この存在場所は、移動体である航空機から後述する反射器を結ぶ直線までの距離を意味する。以下同じ)を検知する存在場所検知装置であって、

航空機1とは離れた、航空機に対して一直線上の少なくとも3箇所に設置され、入射レーザ方向にレーザを反射する3つの反射器10a・10b・10cからなるレーザ反射手段、

航空機1に設けられ、レーザビームを発生するレーザビーム送信/受信装置2のレーザビーム発生機能からなるレーザビーム発生手段、

航空機1に設けられ、レーザビームを回動方向に走査するレーザビームを発生するレーザビーム送信/受信装置2のレーザビーム走査機能からなるレーザビーム走査手段、

航空機1に設けられ、反射器からの反射レーザを受光するレーザビーム送信/受信装置2における反射ビーム受光機能からなる受光手段、

受光手段からの受光出力に基づいて、航空機1からみた3つの反射器間の開き角を検出する開き角検出手段、

予め3つの反射器の相互の距離および農地に対する距離の情報、すなわち反射器の位置情報が設定され、それらの情報と前記開き角検出手段によって検出された開き角とに基づいて、前記移動体の存在場所、すなわち距離を演算するマイクロプロッセサからなる存在場所演算手段、

を備えた存在場所検知装置が示されている。

また、同じく甲第2号証として提出された本件特許の出願前に日本国内において頒布された刊行物である特公昭52-37788号公報には、次のことが記載されている。すなわち、

甲第2号証には、「水上構造物の計測点2にレーザビーム発生器3及び旋回台5を含む投光装置が設けられており、投光装置から光ビームを発射し、投光装置からの発射ビームは旋回台5の旋回によって観測点7、8、9の受光器を順次にビーム走査する。(第2欄13行--21行を参照)」、「水上構造物1から離れた陸地側の観測点7、8、9の3箇所にはそれぞれ受光器12及び受光信号発信器13が設けられ、受光器12は投射装置からの光ビームによって走査され光ビームを受けて、光電変換した出力を対応する受信信号発信器13に出力して、受信信号発信器13から水上構造物1の方向に他の受信信号発信器13の信号周波数と互いに異なる固有周波数の電波を発射させる。

(第3欄1行--7行を参照)」、

「水上構造物1には受信信号受信器14、旋回駆動装置10に結合された旋回角検出器16を備えており、受信信号発信器13から出力された周波数の電波を受信信号受信器14によって受信し、その受信出力と旋回台5の旋回角に依存した信号を出力する旋回角検出器16の出力とを受けて信号変換器15によって水上構造物1から見た受光器12間の開き角θ1およびθ2を検出する。検出した開き角θ1、θ2と予め設定された観測点の座標情報とから、計測点2の座標位置を演算することが演算式と共に示されている。(第3欄7行--第4欄21行を参照)」

さらに、観測点7、8、9の設置位置が非直線上にあることは発明の詳細な記載の項及び図面の記載から明らかである。

(訂正後の本件発明と各項号証との対比)

訂正後の本件発明と甲第1号証に記載されたものとを比較すると、甲第1号証に記載されたものの「航空機」「レーザビーム」「レーザ」「反射器」は、それぞれ訂正後の本件発明の「移動体」「光ビーム」「光」「光反射手段」に相当するものであるから、両者は、次の各点で一応相違することが認められ、その余の点では一致するものと認められる。

相違点<1>、移動体に対して選ばれる3つの光反射手段の設置が、訂正後の本件発明では「非直線」であるのに対して、甲第1号証に記載されたものでは「直線」である点。

相違点<2>、検出するものが、訂正後の本件発明では「位置」であるのに対して、甲第1号証に記載されたものでは「存在場所、すなわち距離」である点。

(当審の判断)

上記相違点について検討する。

相違点<1>について、複数の観測点(補正後の本件発明の光反射手段に相当)の位置情報と観測手段からみた観測点間の検出された開き角とに基づいて、観測手段の座標位置を検知するものにおいて、複数の観測点を「非直線上」に設置することは位置決定方法において慣用されていることであり、上記した甲第2号証にも示されている。従って、この点は、当業者が必要に応じて任意に採択し得る単なる設計的事項にすぎない。

相違点<2>について、甲第1号証では、移動体である航空機から反射器を結ぶ直線までの距離を求めているが、移動体などの位置決定において平面座標上のX軸及びY軸の座標を決定することは常套的に行われていることであって、甲第1号証においても必要とされれば同様な手法を用いて任意に求め得ることは明かであると共に、上記した甲第2号証においても平面座標上のX軸及びY軸の座標を決定している。従って、この点は、当業者が必要に応じて容易になし得る事項にすぎない。

(結び)

以上のとおりであるから、訂正後の本件発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有するものが、容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないので、この訂正の請求は、特許法第134条第5項で準用する特許法第126条第3項の規定に適合しない。

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